146 多芸よりも一芸。

なにもかも早く結果を出そうとする時代になってしまいましたが、個人的には物事はゆっくりと成就したほうがいいのではと考えます。かいわれ大根よりも練馬大根のように抜きにくいどっしりとしたものがいいのではと考えます。もっとも土から抜きにくく、重労働で腰を痛めてしまうこともあり、今日では抜きやすい青首大根ばかりになってきましたが、それでもながく修業をしたほうがいい目を養い、物事をよく見つめることができるのではないかと思います。あれもできるこれもできるという人もいますが、一つのことを諦めずやり通そうとする人のほうが熟練者としていいのではないかと感じます。もし今の日本に文学や芸術というものがあるならば、そのことに切磋琢磨するにはあれもこれもできるという時間はないのではないでしょうか。多芸よりも一芸に秀でるというのがなによりも重要だという気もしてきます。そのほうが生きる手応えもあるのではないかと推測します。実生活で金銭的にも物的にも恵まれることが本当に幸福なのか、悪いことが本当に悪いことなのかということを思案しますと、人生はそれだけではない気もしてきます。本当は苦労してつらいことがあったとしても、そのことが生きる手応えになっていれば不幸ということにはならない気もします。究極的には自分の好きなことをずっと続けられ成就する喜びこそが幸福ではないかと考えます。最もその多くは挫折に終わるかもしれませんが、自分が納得いくまでやらなければ必ずあの時ああしておけばよかったと後悔をします。またいつまでも諦めずに固執し逆に人生が無駄になることになります。これ以上無理だと自分の才能に見切りをつけることも重要で次の人生に進むこともできません。