145 拝金主義国家・日本。

似たようなことは谷崎潤一郎も言っています。修業もしていないアマチュアや素人が多くなる組織は必ず駄目になると言います。付け焼き場ではいけないということでしょう。どんな世界でも修業が必要なのだと戒めているのだと思います。志賀は武者が宮崎県木城町の山奥や埼玉県毛呂山町に村落共同体の「新しき村」という理想郷を造ろうとし、その運営のために多くの原稿を書いたことを全身全霊、心血を注いでいた行動を評価していたのです。が何事も真剣にやるからそう言ったのだと思います。わたしはどちらの村落共同体だった場所に行ったことがありますが、今日の作家にはなんの行動を起こす人がいないことを考えたり、ただ売り上げを追うだけのわたしたちの思考とは雲泥の差があると思ったりもします。当然、こちらもなにもやっていないので偉そうなことを言ったり、身の丈に合わないことを言ってはいけませんが、その志と理想はとても適うものではありません。また日々生活に追われている者が小説を書いたりする人が多いのですから、それは志を持てる環境にあるとは言えません。時代が変わったと思えばそれだけのことかもしれませんが、中にはベストセラー作家になって贅沢をしている人もいるのですから、多少は社会に寄与することをやってもいい気がしますが、そうならないのはそれだけ日本が戦後、拝金主義の国家になってしまったのかもしれません。それはどんな分野でも組織でもそうではないかと思ったりもします。テレビでも若いタレントや漫才師が高価なもの食べたり、いい家に住んでいることを誇らしげに映されていますが、人生が残り少ないわたしなどはそういったものはなんの興味もありませんのでついチャンネルを変えてしまいます。それは差別を生むものではないかと思案してしまいます。本当の豊かさはわたしたち一人一人が豊かにならなければいけないのですが、その理想を武者小路実篤が実践しようと試みたから志賀直哉は一目置いたのでしょう。