144 理想がわたしたちが生きる基本。

果実を育てるにはまず苗木を植えます。よく育つように肥料も水も与えます。干ばつには神経を使います。少し大きくなってくれば動物が餌として若葉や柔らかい枝を食べることもあります。また成長してくれば陽当たりをよくするために剪定もやります。何年かして実がなってくれば高いところに上って間引きもします。木も間引きをされますと子孫を残さねばいけませんから残っている実に栄養を多く送ります。猿や鳥も取りにくるでしょう。そのため実を保護するために一つ一つ大切に庇うように包みます。そうやって苦労して大きくした果実をいただくのですが、それゆえにわたしたちが何者かになろうといた時に成果・結実・結果などと果実の文字を宛がうのです。達磨九年というのは「面壁九年」という言葉があり、達磨大師が中国の嵩山の少林寺で壁に九年間向かって座禅を組み、悟りを開いたという謂れからきています。なにかを成すにはそれだけ粘り強く頑張る月日が必要だという意味です。そして武者小路実篤は自分は一生かかると言っているのです。作家としては好き嫌いはある人はいるでしょうが、志は謙虚で立派だということになるはずです。また一生を以て人間の価値を知れとも言っています。宮崎の山奥や埼玉県の毛呂山町にも彼は「新しき村」を造り、人々の共同体を作ろうとしていました。その流れが当時世界的なことであっても、相当の理想主義者だったという気もしてきます。それを実践しようとしたのだから、個人的には人物だという思いが走ります。そ個人的には人物だという思いが走ります。そして友人でもある志賀直哉は彼の絵画に対して「元来私は何事も素人芸というものを好まない。それは全心全身を打ちこんでない弱身がどうしても附いて廻るからだ。大事な所で腰を抜かす。所が武者の絵には此の弱身がない。此の点を私は尊敬している」と言っています。