139 自然を破壊しながら生きる。

歴史上、現代のお米の生産者は最も豊かな時代になってきました。減反をするということなどは今までの歴史では考えられないことです。三年前に廃止されましたが世界中を見渡しても減反政策を行っていた国はあったのかと思うくらいです。しかしそうなることはいいことですが弊害もあります。反対に稲刈りが終われば田圃は乾きます。その上、大量の農薬使用のために泥鰌や田螺、蛍や蜻蛉、メダカや水すましなど多くの小動物がいなくなりました。そのためそれらを食していた水鳥たちも姿を消しています。日本は本来瑞穂の国です。水辺に稲穂が実り多くの蜻蛉が行き来していました。川には蜆、海には蛤、わたしたちが子どもの頃にはそれらのものがたくさん獲れていました。今はどこにも目にすることができません。すっかり景色も風景も変わってしまいました。失ったものも多くあります。水分神社も水天宮の意味も忘れてしまうほどです。日本はどうなるのだ、どこに行くのだという気持ちも生まれてきます。子どもが多く生まれて子沢山であっても、女の子であれば親ががっかりしたのもそのためです。女性は力も弱いし育ててもいずれは人の家のものになります。自分たちの家族や親族には必要がないということになります。それゆえに生まれても間引きをして死なせてしまいます。その哀しみの象徴が「こけし」ということになります。自らの手で亡くした懺悔があります。「こけし」の発祥である東北は気候も低く米作には適さずよく冷害に見舞われ凶作になりました。そのたびに女性は家のため家族のためと身売りをさせられました。育てたのだから恩返しをしろということかもしれません。人間の歴史は飢えとウイルスとの闘いですが、近年まで女性はずっと受難の時代でした。