138 水分(みまくり)神社。

たとえば全国に牛首山や馬頭山など動物の名前をつけられた山がいくつもあります。全てではありませんがどうしてそういう名前がつけられたのか。実は日照りで雨乞いのためのものがたくさんあるのです。神が宿る山の池や湖に獣の首を切ったものを投げ入れますと当然血で汚れます。血は最も不浄なものとされています。その不浄な血を洗い流そうと神様が雨を降らすと考えられていました。雨が降れば山々から水が川を通って流れてきます。すると里の田圃に農業に必要な水が入ってきて潤うと思っていたのです。それで全国に牛の山がたくさんあるというわけです。水は人間にも大切ですが、その人間が生きていくためには食する食物が必要です。それを育てる水はなによりも重要で、全国には水分(みまくり)神社というものが多くあります。水の神様を祀っているのですが、神社がその水源地にあったり、川合なとど水が集まる場所にあるのもそのためです。村が集落に計画的に水を与え流すのです。水の確保が難しかった時代には集落の諍いは多くありましたし喧嘩も絶えないものでした。全国の神社には銘酒が多くありますが、それもおいしい水があったり、そのことでいいお米が採れて作られたということもあります。お酒好きのわたしが神社を歩く一因にもなっていますが、作ったお酒を神様に奉納する神酒は彼らの感謝の気持ちの表れです。また来年もどうぞよろしくお願いしますという祈りがあるのです。その水が枯渇すれば死活問題だから当たり前のことですが、今日の米作りは田圃区画整理や機械化で、田植えも借り入れも驚くほど簡単になりました。草取りも薬を撒けばあまりやる必要もなくなりました。