129 「貴種」や「権威」「格式」に弱い民族。

それに親と衝突することはどこの家庭にもあります。意見が合わなければ親は勘当します。この問題も本当に反対をするならば本気になって、あの母親の年金不正受給を告訴すればいいだけのことです。庶民になりたいというのですから皇室だけは例外で先々まで税金で面倒をみるというのも、国民感情が許さない気がします。すでに若者は苛立っている人は多くいるはずです。わたしの周りでもよく言う人は皆無といっていいほどです。このままでは皇室や天皇家が崇拝を受けることは少なくなっていくことは間違いありません。何一つ解決に向けて進もうという気持ちがないように感じるのですから、彼らの望む通りになったとしてもいい結果は生まないと考えます。それに不正受給は犯罪です。国民が思っていたり感じたりしても口を閉じているのは、皇室のことを言葉にするとまだ怖いという意識があるからでしょう。不敬罪で怖い目に遭うのではというDNAもまだ残っているからでしよう。わたしたちは明治以降の政治ですっかりものを言わぬ国民、事なかれ主義的な民族になってしまったのではないかと思う時があります。はっきりものを言うことが「民主主義」の基本と書きましたが、天皇家のことに関してはそうはなっていないという気もします。イギリスを初め世界の皇室では自由恋愛の末に結婚するのは歴史的には普通のこととして見えますが、この島国の日本の国民は格式や名門意識が強くあります。その意識も時代に作られて存在するのですが、一番の「貴種」としての皇室に近づこうとする傾向があります。また歴史もそういうふうに動いています。もし徳川慶喜の母親が皇室出身でなければ明治はどうなっていたかと考えますし、維新の成功者たちが国家運営をし出すと婚姻関係を結んだ人たちも多くいます。「貴種」や「権威」に憧れるのかもしれません。口では「平等」を唱えますが心の底では違うのかもしれません。世界には「王国」がまだいくつもありますが、古さにおいては日本がその頂点にあります。そして天皇家の存在が消えないで続くのは、日本人が貴種願望や「権威」あるいは「格式」に対して非常に重きを置きそのことに弱い民族だと考えます。