126 少数の支配する者と多くの支配される者。

そのマッカーサーが唯一できなかったことは官僚の解体だと言われています。門閥閨閥財閥解体・農地改革など多くのことをやり「民主主義国家」にしてくれましたが、官僚システムが残ったことで東大閥が生まれ、逆にピラミッド型の「学校歴」尊重の学閥が出来上がってしまいました。確かに官僚には優秀な人たちはいますがそれは社会の硬直化を生むことにもなります。それに世の中には多士済々の人々が多くいます。そういう人たちが登用されれば社会は柔軟性も生まれ、もっといい国家になる気もします。つまり維新の時の人たちのようにです。歴史上わたしたちは常に圧制の下で生きてきました。そういう意味では「我は安房の非人なり」と言った日蓮や天下を獲った秀吉は、強い身分制度の中から立ち上がってきたのですから大変な人物だったのではないかと思います。もっとも当時の漁民や流民・歌舞伎役者など土地を持たない人々はすべて非人ですし、農民は特権階級の人間から見れば抑圧された奴隷のようなものです。わたしたちの祖先は少数の支配する者と多くの支配される者として存在し、そのほとんどが支配された側の子孫ということになります。戦争に負けてようやく差別の少ない、誰もが頑張れば道が拓けるという「民主主義国家」になったということになるのかもしれません。しかしなにもかも民主主義だからといって自分の思い通りになる人生は一つもないはずです。もし無理にそうなったとしてもいずれはその無理が軋轢になったり障害になったりすることもあります。だから博愛主義や互助精神が必要になってきます。今日の天皇家は書物によると平成天皇ご夫妻もその教育を受けているように感じますし、現天皇も国民に向ける眼差しや平成天皇ご夫婦の影響から個人的にはそうではないかと推察します。