125 「聖権的指導者」と「世俗的皇帝」>

天智天皇藤原鎌足蘇我入鹿や馬子を打ち破りそれまでの書物を焚書したり、天武天皇壬申の乱に勝ち、自分の皇統の正当性や権力維持のために『日本書紀』が書かれたとすれば、それまでの歴史は闇に消えそこから新しい歴史が生まれたということになります。その千三百年の間に政治体制はさまざまに代わりましたが、政治に関与できなくなった天皇は逆に歴史や文化を作ったということになります。これだけ血筋が遡っていける「家」は今日の世界にはないのではないでしょうか。だから外国人は天皇に敬意を払い「聖権的指導者」と呼び信長や将軍を「世俗的皇帝」と読んだのです。それゆえに天皇家は存在すべきだと思うのです。物事を隠蔽せず時の権力者が利用せず古い歴史や文化の継承者としての天皇は、日本人の精神的支柱になると推察します。再び革命が起きたり、政治制度が代わりそのことが継承されなくなった時のわたしたちの心の空洞は大きなものとなるのではないでしょうか。それはフランスやロシアが皇帝を失った時の国民の喪失感を思えばわかります。自分たちの歴史も葬り去ったという意識です。社会主義の国々はそれらのことをみな塗り替えたのですが、精神的な喪失感を回復するにはながい時間を要するはずです。それゆえにそれらのことを失った民族は日本の天皇に敬意を示すのです。その天皇が再び政治的権力者として浮かび上がってきたのが維新というわけです。わたしは革命は身分制度の闘いと考えていますので、維新から新しい身分制度ができたと思っています。それはロシア革命の中心的指導者たちがユダヤ人だったことも中国の革命も少々乱暴な括り方ですがそういうふうに考えています。そして敗戦となり「象徴天皇」となったわけです。この曖昧な言葉はなにを意味するのかと考える時がありますが、いずれにせよ敗戦国ゆえに現在の「象徴天皇」となったということになります。仏典も経典も持たない神社もマッカーサーが宗教として認めたものです。戦後の政治や歴史は戦勝国アメリカが作り変えたと思っていますが、歴史上、庶民がこんなに自由に生きているのはないはずです。