118  韓国はなぜ「日王」と呼ぶのか。

その松下村塾は下級武士・農民・町民など身分に隔たりなく教わった人々は五十人、出入りした人は八十人とも九十人とも言われています。それらの人々が維新後の要職につき日本を変えていくのですが、教育を受け知識をつけた人間はいざという時に決断や判断を行うための役に立ちます。結果的には多くの戦争を繰り返し最後は敗戦となり今日があるのですが、では開国をしなければどうなったかという論議は今更成り立ちません。起こったことを未来への糧としていい歴史を作っていくしかないのですから、貴重な経験をしたと戒め明るい未来を創るしかありません。そういったことからもいつまでも過去に拘泥していては未来も拓けないと考えます。日本人は物事に対してすぐに忘れてしまう民族だという傾向がありますが、逆にその対極にあるのが韓国だという気もしてきます。そして常に自分たちの優位性を誇張する民族だという思いもします。戦後の彼らの日本に対する「恨」は個人的には異常だという感情も生まれてきます。なにもかも政治利用し前向きに物事を捉えようとする意識が欠けているようにも見えます。お互いに認め合うという感情が希薄だと感じているのは、わたしだけではないはずです。たとえば韓国は日本の天皇のことを「日王」と言います。世界中を見渡しても天皇を「日王」というのは韓国だけではないでしょうか。韓国の宗主国である中国もそういうことを言わず天皇と呼びます。韓国が「日王」と呼ぶのは明らかに嫌がらせか自分たちの妬みという気がします。その天皇という呼び名はもちろん中国から真似たものですが、日本では天武天皇の時代から使われ出したとされています。すでに古い歴史がありますが朝鮮では天皇という言葉は使われたことはありません。中国が属国である朝鮮に使用させなかったということでしょう。「朝鮮王」という呼称でしかありません。