115 家系図作りに励んだ大名たち。

その清国はヨーロッパの草刈り場になり、日本の侵略を許しロシアの南下政策さえ止められないほど弱体化していました。そうなれば中国も朝鮮も日本も危うい状態になり、それこそ植民地は加速したでしよう。当時、頻繁に使われていた「五族共和」や「八紘一宇」という言葉は、強い思いがあったのですが、日本が欧米と同じように五族の盟主になろうとしたところに悲劇があります。アジアではヨーロッパ諸国から解放してくれたと感謝する国もありますが、中国や韓国が未だに必要以上に許さないのは「五族共和」と言いながらも、強引に植民地化を進めたことと、自分たちが島国の日本よりも歴史も文化も優れているという思いがあったからでしよう。それを踏みにじられたこともあるはずです。自分たちのほうが優秀だったという自尊心がある人々が逆に支配されると、その恨みはなかなかに消えるものではありません。わたしのほうが名家だったのにあるいは立場が上だったのにという意識が邪魔をするのです。それは人間でも国家でもありそうですが、その歴史を韓国は認識していないのかもしれません。いつまで経っても自分たちの民族のほうが優秀だったという「歴史認識」が消えないようです。また教えないのです。それは日本を初めどこの国にもあることですが、韓国はとくに日本には強い気がします。彼らが未だに日本や中国に素直な感情を持ちにくいのは彼らの歴史的な不幸が根底にあります。大国に挟まれ悩まされ続けてきたというジレンマも感じます。「恨」は二つの国に向けられて続けているということになります。そのことを克服するには一度自らが優位に立ち感情を宥めないかぎり無理だと考えます。しかし今度は優位に立つと民族の優位性を正当化し作り上げ、民族主義に進んでいくということにもなります。ちょうど今中国が再び世界の中心にという思惑で動いていることと似てくるはずです。それは維新後、薩長天皇の優位性をあらゆる手段と方法で構築していった図式と似ています。人間は自分の欠損したものを埋めていこうとする作用があります。お金に苦しんだ過去があればそれを満たそうと頑張りますし、維新後に名を成しても華族制度を作り自分たちの身分を高めようとします。ながい間農民や足軽だった者や身分制度の中で差別を受け続けていたコンプレックスを解消しようと試みるのです。それはどんな時代でもありましたし、戦国大名家系図作りなどもその一例でしょう。