109 千年経っても消えない恨み。

勝は無血開城、江戸の町民を救ったということになっていますが、それまでに薩摩側は江戸の町を扇動して不安を抱かせています。その行動も西郷の智慧ということになっていますが、詳細に調べていきますと勝海舟西郷隆盛はすでに面識があり、心は通じていたとあります。するとあの無血開城や江戸の庶民は勝が守ったというのは今一度考えてみる必要があります。薩長や徳川の背後には英仏の武器商人がいて、国内は戦争状態になり彼らの植民地政策の餌食になりそうだったという人たちもいますが、それは本当のことでしょうか。すでに国内は内乱状態にあり、それぞれ背後にいる英仏がどんなに最新の武器を持っていたとしても、当時どれだけ彼ら兵士がいたでしょう。日本はずっと軍事大国です。英米の軍艦が大挙してやってきた気配もありません。確かに武器はいい値で思うように売れて潤ったでしょうが、日本を征服する力はないはずです。それを後付けでものを言うのはどういうことだろうと思うことがあります。日本も軍事大国でもなかった満州を支配できなかったのです。そんなことはない朝鮮があるのではないかと述べられる人もいるでしょうが、それは間違いというものでしょう。当時の世界は朝鮮を植民地と見てはいません。併合国として見ているのです。抵抗者はいたでしょうが植民地で戦後独立したわけではありません。実際、彼らは自国より豊かな日本にたくさん出稼ぎにきていますし、勉強しにもきています。数えきれないほどの人々がきています。文学の世界でも立原立秋金達寿などと多くいます。心が痛むことですが同胞として特攻隊になった人もいます。確かに逆の立場になれば許せないこともあります。どこの国でも属国状態では悲惨な目に遭っています。だからといって日本を正当化するわけではありませんが、ではなぜ大挙して日本にきたのでしょう。戦前も戦後も密入国者は多くいましたし、学問も文化も日本から流れています。わたしは決して民族主義者でも差別主義者でもありませんが、やはり今日の韓国から見た日本への目は歪に感じます。大統領が恨みは千年経っても忘れないという国です。どんな些細なことでも攻撃してきます。それに恨みをはらすなら仲間を陥れてもいいという国です。最近でも慰安婦竹島靖国原発放射能・戦犯旗・日本海呼称・歴史教科書問題など日本になにかあれば必ず軋轢を生むようなことを言います。しかしいざ好太王碑のように問題点が解決すれば国家は頬被りするように黙っています。