107 英雄譚の裏側にある歴史の影。

勝が小栗に対してどういう感情を抱き続けていたかということは知りたいものです。小栗の惨殺になんらかの関与はなかったかという想像も働きます。というのも勝だけが大きく世の中を変えたような歴史に疑いの目がいくからです。それは坂本龍馬に対しても同じですが、一人の英雄に光を当てその人物を立役者にして闇の歴史を隠すという手法です。上代聖徳太子のようなもので、今日では存在したかどうかわからない人物が優秀でなにもかも作り上げたようになっていますが、実際は蘇我氏全体が行った行動を彼一人の功績にして蘇我氏の功績を隠蔽したということになります。なぜなら蘇我入鹿や馬子は逆臣となるからです。薩長から見れば小栗忠順はそういう人物になります。翻って勝海舟はどうなのかと考えますと、薩長から見れば味方ということになります。天皇を擁いている薩長から見れば維新に与した忠君となるわけです。それは幕臣の中では彼だけ際立っています。幕臣にも優秀な人物は多くいたのにみな勝の業績にしたほうがいいということになってきます。歴史は英雄譚のある人間ほど疑念を持たなければいけないと思います。後年、勝が慶喜のことを嘆願したり、いろいろと手を尽くすのは負い目があったからではないでしょうか。そんな穿った見方もしてしまいます。自分たちが華族になった時どんな気持ちになったのかと思案してしまいます。小栗はもっと再評価されてもいいはずです。海軍が日本海戦でロシアに勝ったのも彼が造った横須賀造船所や製鉄所があったからだと言われていますし、小栗と勝の功績を比べればその実績は明らかです。勝の実際の業績は小栗の上を走っているように見えます。結局はそれらのことをすべて踏まえての維新ということになりますが、わたしは「賊軍」と言われた人々のほうに人材がいたという気もしています。それはわたしが「稗史」のほうが好きだということが多分に影響していますし、敗れた人々に目が向くからでしょう。真実はこちらのほうに多くあり、それを闇の底に追いやり新たに英雄譚を作ったのも明治だという気もしています。それが勝海舟坂本龍馬西郷隆盛だという気持ちです。敗軍にも立派で優秀な人たちがいたと考えるのは当然ではないでしょうか。ですが結果的には勢いのある薩長公武合体の話は崩され、ああいう結果になったということになります。そういった意味でも真の維新の立役者は慶喜ではなかったという気持ちになります。