103 「歴史」は常に隠蔽される。

それまでの日本は外国の政治体制や思想を取り入れて国家運営をやっていますが、その文化を遠ざけた第一人者が彼だったと思っています。律令政治や徳川の儒教政治、維新後の政治体制の取り入れ、それらと違い唯一外国人文化を排除したのが彼だという気もしてきます。徳川幕府が禁教にしたのではなく秀吉が最初にやったのです。そのことがなければ日本の国のかたちも大きく変わったと感じます。ルイス・フロイスの目からだけで秀吉を見るのは一方的で、他の残された文字と比べて人物像を見つめ直すということが重要でしょう。それは勝海舟が書き残したものだけではなく、周りの福沢諭吉らの人物像と比較しますと、ずいぶんと違った人間が立ち上がってくるはずです。坂本龍馬坂本龍馬所以となるのは、彼が多くの言葉を残しているからだということになります。歴史は常に隠蔽されたものがありますから疑うということが大切だという気持ちにもなってきます。そして明治維新にも隠されているものが多すぎると考えていますが、歴史は新しい文字の発見でまた変わってきます。イザベラ・バードルイス・フロイスらが書き残したように、そのうちバチカンに眠る日本の歴史が発見されると、また歴史も人物評も変わってきます。それと武器商人やイギリス・フランス人の目から日本を見たほうが維新の歴史は正鵠だと考えます。わたしは西郷隆盛坂本龍馬勝海舟らが殊更に英雄になっているところに疑念を抱きます。英雄の裏側にはまた黒い歴史も多くあると思うからです。英雄と呼ばれる人物ほど

人を多く殺戮しています。彼らに限らずナポレオン、スターリン毛沢東と内外には数えきれないほど存在します。人物の評価とはなんなのかと疑問を持ちます。戦争に勝っても家族が亡くなっていれば素直には喜べないものもあります。国家が繁栄しても個人がそうでなければ世の中を憂います。どんなことがあっても物事の善し悪しは個人に帰結してきます。家族や恋うる人を失う悲しみは身分の上下には関係がありません。指導者が戦いに勝ったとしても息子を失っていれば心が重くなるのは必定のことです。ただお国のため国民のためと自分の心を自ら収めて生きるしかありません。それは西郷隆盛であれ乃木将軍であれみな同じことだと考えます。そして過剰に生きる者たちの結末もまた悲劇を孕んでいます。西郷隆盛大久保利通伊藤博文坂本龍馬など多くの人々の末路は恵まれたものではありません。英雄には悲劇はつきものだと思えばそれまでのことですが、それゆえに彼らの人生が逆に光輝くのはそのためだという気もします。