97 危険も悲劇も世界的規模になった。

神道による国家造りを推進したのが明治以降の日本ですが、その現人神(あらひとがみ)だった天皇が敗戦によって人間に戻ったということです。そして日本の歴史においても維新から敗戦、そしてグローバル化と呼ばれる現在までの日本は、有史上、最も劇的で大波に翻弄された時代のようにも感じられます。わたしたちが持ち得ていた文化や道徳もあるいは意識もものの見方もすっかり変わってしまいました。それがいいことなのか悪いことなのかわたしには判然としませんが、時代に沿って生きていかなければならないのもまたわたしたちの人生です。原発二酸化炭素の排出問題を始め常に危険を孕んだ世の中になってしまいました。危険も悲劇も世界的規模で連動するようになり、いつ地球が破滅しても不思議ではない状況にもなってきました。そして日本がその中に入って行く一番最初が開国という気もしてきます。明治の人間が先進国の軍艦や武器を前にして瞠目したのは事実ですし、追いつき追い越せと頑張ったのも本当でしよう。そうしなければ清国や世界中の植民地と同じ立場に日本がなると危機感を抱いたのも事実でしょう。そんな環境に陥らないようにするにはどうするか。やはり日本が進んできた道以外なかったようにも考えてしまいます。国内を一つにして外国と対峙しようとする気持ちもわかります。国学が盛んになり民族主義が台頭してきたとしても不思議ではありません。徳川を倒すなら薩長天皇を崇め再び政治の舞台に登場させたのも理解できます。天皇を国家の中心に置けば、自分たちの目の上のたん瘤のような徳川は必要ない、排除しなければと考えるのは当然のことです。公武合体の約束を反故にしても痛みは感じないはずです。そこに慶喜幕臣よりも西郷や岩倉らのほうが上だったということになります。どんな理由でも慶喜の判断があまかったということにもなってきます。なおかつ多くの使者を出し、現実には士族もなくなったのですから領主や武士たちも憤ったはずです。その代わりに華族という新しい身分制度ができたのですが、敗戦後、アメリカはそのこともなくしてしまいました。