90「英雄」は作られる。

それは下級武士で人の痛みがわかる人間だったからかもしれません。もちろんこのことは一方的な見方で、なにかを成そうとする者はまた非情な性格も出てこざるをえません。権力を獲れば自分たちの都合の悪いことは隠すでしょうし、また殊更に自省したり露悪的になったりしては人々は迷いますし、ついてきてはくれないということになります。権力を握ったからすべていい人物ということはないはずです。たとえば坂本龍馬という人物がいます。郷士であるが彼がどうしてあんなに英雄扱いにされるのか。なぜ未だに誰に殺されたのかわからないのか。当時の周りにいた人々は少し調べればすぐにわかるはずですし、竜馬とともに薩長同盟に奔走したとされる中岡慎太郎も一緒に殺されましたが、竜馬と違い数日間生きていたとされます。彼の言葉は必ず残っていたはずですし、彼らが今日のような英雄であればもっと調べればわかると考えます。なぜ郷士である彼が「海援隊」を作ったり、藩船を自由に動かすことができたのか。彼の背後には大きな力が動いていることはわかりますが、なぜそれが可能だったのか。武器商人と関わっていたのではないか。数えきれないほどの疑問があるのに英雄になっています。彼には英雄としての光ばかり当たっている気がします。光が強ければ逆に影も濃くなります。竜馬を英雄にしなければいけないものがあるからこそ、英雄にされたということになります。隠す物の目くらましとして英雄譚を作り上げたのではないか。あるいは司馬遼太郎を始め歴史小説家の影響もあるでしょうし、天皇家に貢献したからということもあるかもしれません。それは西郷隆盛にも言えることです。未だに彼がどんな顔をしていたか、上野の杜にある銅像の顔は妻も似ていないと言ったとされますが、なぜ意識的にそうされたのか。そうされる理由はなんなのか。歴史はいつの時代も闇の中にあります。目に見えない暗闇の物を動かすのも歴史を作ろうとする者です。施政者は自分に都合の悪いことは隠蔽しますし隠蔽や秘密主義は権力になります。