85 平時は農民・有事は武士 。

以前、ある武家屋敷を歩いていますと、並んだ屋敷の塀の高さが少しずつ低くなっているのを目にしたことがあります。不思議に思い尋ねますと家の格式によって変わってくるのだと教えられたことがあります。禄高や身分によって塀の高低が決まり、わかるのだというのです。また塀には小さな覗き穴のように切り抜かれていました。そのことも怪訝に感じていると、中に住む女性が通りをながめるためのものだと話してくれました。武士の妻はほとんど外に出ることはなく家にいた、それでそのくり抜きから外を見るということでした。治安も今のようにしっかりしていず誘惑やかどわかされるということも多かったのでしょう。人さらいは頻繁にありましたし、人身売買もあり「箱入り娘」という言葉があるくらいですから警戒するのは当然でしょう。江戸時代の身分は現在のわたしたちが想像するより、はるかに区別されていたのです。先に述べた以外にも旗本・郷士・中間などとあります。旗本は将軍家直属の武士で石高が一万未満で将軍家の儀式などに参列できる武士たちのことを指します。戦国時代に戦場で主君の軍旗を守る集団を意味していましたが近代でいえば近衛兵みたいなものでしよう。郷士というのは前領主に仕えていましたが新しい領主が入国してくると、土着化して農業に従事したりしますが身分は武士ということになります。つまり平時は農民で有事には軍事に従うという人々です。土佐藩郷士は有名で坂本龍馬下士郷士となります。三菱の岩崎家や土佐勤王党武市半平太も同じです。長曾我部家に代わって山之内家が入ってきて郷士になったということです。その下士の中にも白札・郷士徒士足軽などとあります。また足軽にも古足軽足軽・下足軽と細分化されていました。その中でも武市半平太は上士と下士の身分で彼らよりも地位が高かったとされています。