83 明治維新は貴種流離譚ではない。

ながい圧制を外国からもあるいは内部の身分制度によっても作らされてきた彼らは、逆に誇り高く優位性を主張する国民だと思うことがあります。個人的なつきあいは礼儀正しく人情に篤いのですが、いざ歴史や政治・産業のことを話すとその誇りが現れてきます。それは日本人にもあることですから一概に決めつけてはいけないのですが、わたしの家系は武士だった、由緒正しい家系だ、あるいは資産家だったと自分のことではないのに、わずかに流れているかもしれない「血」のことを自慢します。しかし家制度が強い日本はそれを絶やさないように養子縁組をやっていますから、その血がずっと続いているということは考えられません。生きる指針にするものは人それぞれにありますが、貴種や名家ということはなんの関係がないのに強く拘る人たちがいます。それにわたしたちは上下関係を作りがちでまたそういうふうに見がちな人々もいます。それらの優位性で権力を使ったり、差別をするということもあります。権力も武器も持っていると使用したくなるものと考えていますが、そのことをやらない人がいい人物と考えます。たとえば明治維新で世の中はひっくり返りました。以前、歴史好きの人に日本は源平合戦で源氏が天下を獲ると関東武士が全国を支配し、徳川幕府が権力を握ると尾張の人間が全国に散らばり、薩長が維新で日本を支配すると、今度は彼らが政治家や官僚になり日本を支配したのだと言いました。日本社会は大きく三回しか変化していないとも言われました。もちろんさまざまな要因や原因で世の中が動いていることは承知していますし、酒場の駄洒落のようなものでしたが、若かったわたしは単純でわかりやすくその時は妙に納得したものでした。そして下級武士や元は農民出身の人々が維新で立場が逆転すると、それまでの特権階級の人々と華族制度を作って自分たちの権威を高めようとしました。その華族制度は明治二年(一八六九)にいち早く作られ、敗戦後の昭和二十二年(一九四七)まで七十八年間続きました。