80「和を以て尊しとなさず」。

 なんでも反対していれば日本人は委縮するだろう、政治的交渉もやりやすくなるだろうと思っているのではないかと無知で極端な考えにもなってきます。実際に神社が侵略の歴史になっていることは事実でしようが、それは古代からの日本の戦争を外国にも向けたからだということは否定できません。またできないものもあります。国内で戦いをした人間は諫めた人々の怨霊や魂鎮めのために彼らを祀りました。そうして拝めてきたのがわたしたちですがその考えは外国人には通用しません。軍部は侵略して行ったところに次々と神社を造っていきました。朝鮮神宮の祭神は天照大神明治天皇満州の建国神廟は天照大神シンガポールの昭南神社は天照大神というようにです。その上朝鮮神宮は彼らが風水学的にも最も貴いとされている南山の麓に六年もかかって建立したものでした。朝鮮神宮には朝鮮の神を祀るべきだという声もありましたが南山と皇宮を遮断するように作られ、なおかつ天照大神明治天皇を祀ってしまいました。満州も同じようなものです。造られた場所は満州国の皇宮です。彼らが不快になるのは当然ですしそのことが押しつけであればあるほど嫌悪します。民族の誇りも尊厳も打ち砕かれてしまいますが逆に怨念は増してきます。そういう海外にあった神社は満州から南洋諸島まで二千社はあったとされています。侵攻したところにすべてと言っていいほど軍部は神社を建てました。不謹慎ですが日本国民の心に照らし合わせて、もし朝鮮神宮や建国神廟のように皇居を壊し、異教徒の神殿を造られたらどういう気持ちになるかと想像しますと、やりすぎだという感情が走ります。これでは大東亜共栄圏も言葉だけで侵略と言われても返答ができなくなります。他国の歴史や文化を踏みにじって友好関係が構築できるとはとても考えられません。日本人は来からある「和を以て貴しとなす」という意識はきれいに忘れ去っていたということになります。