68 美容整形をしても昔から美人ではない。

経済的豊かな国に人々が流入してくることは当然のことです。豊かになった戦後の日本でもアメリカに渡って一旗揚げようとする人もいましたし、逆にその日本にきて家族を救おうとするアジアの女性たちもいます。今は「グローバル化」と言いますが当時は「コクサイ化」と呼ばれていました。フィリピンやパキスタン人・中国人がやってきてバブル経済時代の「きつい・きたない・きけん」という3kの肉体労働についていたことをわたしたちは知っています。経済状態や世の中が変わるというのは自然の成り行きで、今日では日本人が中国で働く人が増えたのもそういった社会の変化を提示しています。そしてどこの国でも社会の暗部や恥部は隠したいものですが、わたしは韓国が常に日本に言うように正しい歴史認識だけは忘れてはいけないと考えます。なぜなら生きる知恵は過去から学ぶものだからです。たとえは悪すぎるかもしれませんが日本も韓国も昔はあまり美人ではなかったが施術をしてきれいになったからと言って、昔からそうだったという意識はいけないと考えます。歴史をわずかでも調べれば、韓国と日本の経済的豊かさと国力は古代から歴然としています。それは『三国史記』や壬辰倭乱のことを書いた『懲毖録(ちょうひろく)』・スウェーデン人のアーソン・グレブストが書いた『悲劇の朝鮮』などを読めばわかります。『懲毖録』は日本では「文禄・慶長の役」のことですが、その最中に書かれた李氏朝鮮史書のことで現在は韓国の国宝にも指定されています。『朝鮮の悲劇』もまたその時代に書かれたものですが、秀吉の朝鮮出兵に乗じて日本にいた宣教師たちが布教活動を行うようになっていました。それまでの朝鮮は「黄金の国ジパング」の日本と違いヨーロッパの人々にはその存在はほとんども知らない国でした。そこに秀吉軍と一緒入ってきた彼らが書き残したから広まったということもあります。実際に日本や朝鮮の歴史を知る上で、彼が詳細に書き残してくれたおかげで見えてきたものやわかってきたことがたくさんあります。残された文字の力です。二国の歴史小説やテレビドラマ・映画及び国状や施政者の性格・容姿などは彼らの文章から多く取り入れられています。信長や秀吉・その他の戦国大名のこともです。それは朝鮮の国状や人物も同じことです。朝鮮が貧しかったことは山国で生産性が低いこともあります。そのためか当時の朝鮮は人口が一千万人は届かず日本は二千を超えていたとされます。兵力は朝鮮軍が五万、秀吉軍はその三倍とも言われていましたので兵力も圧倒的に違いすぐに侵略されてしまいました。その後十八世紀の江戸はすでに百万都市でロンドンは八十万・パリや北京は五十万とされていました。人口が多いというのは豊かさを証明していますし、その頃の武士はだいたい人口の一割とされていましたので日本は大変な軍事国家です。