67 「君が代丸」。

その「からゆきさん」と反対の言葉が「じゃばゆきさん」ということになります。日本がすっかり豊かになると今度はアジア各国から日本に出稼ぎにくる人々が増えてきました。その彼女たちにつけられた言葉が「じゃぱゆきさん」です。「じゃぱ」はジャパンということでしょう。日本で少し働けば貨幣価値が違いますらすぐに豊かになり立派な家も建ちますし兄弟たちも学校にも行くことができます。生活も楽になるということで多くの女性たちがやってきました。もちろん韓国の女性も例外ではなく妓生パーティで知り合った日本人男性に、便宜を図ってもらおうとして社会問題にもなりました。ましてアジアでは最貧国の国でしたが「漢江の奇跡」を起こす一九六〇までは国内総生産北朝鮮を下回っていました。そのことを脱した後にもやってきていたのですから「併合」当時にはもっと自由にきた人たちもいます。実際に大阪と済州島には毎月日本にくる人々のために「君が代丸」という貨客船もありました。現在でも大阪に済州島出身の人々が多く住んでいるのもその影響です。一九四八年の済州島の四・一事件のおりには日本にいる家族や親族を頼ってやってきて住み着いた人たちもたくさんいます。政府軍や警察による政治弾圧による虐殺のことで、島民の五分の一の六万人が亡くなったという事件です。わたしは済州島にも二度行きましたがあんなに美しい島にそんなことがあったのかと考えると、シンガポールでの娼婦たちの死後の扱いと同じくらいに胸が痛くなりました。ヨーロッパや中国に行っても「戦争の跡地」は訪ねるようにしていますが、戦争は悲劇以外なにも生むことはありません。柄にもなく立派な発言で恥ずかしくなりますが、わたしが神社を歩いているのも歴史の裏側や稗史を知る愉しみもありますが、神社には祟りを怖れて殺された死者の魂を鎮めるためのものもずいぶんとあります。世界中がそのうち戦争の跡地ばかりにあるのではないかと言うのもそのためです。悲惨さは常に人間同士が作っています。話し合いで解決するということはなかなかに難しく、それゆえに真剣に考え続けなくてはいけないと思います。平和憲法などと苦い薬をオブラートで包んだような言葉を便利に使ってはいけないと考えます。