63 身投げをする女性たち。

まして女性が虐待されたりすると怨念を持ち許すことはないでしょう。逆に日本人はロシア兵に蹂躙をされても執念深くなく諦めてしまいます。以前、中国東北部から引き揚げてくる女性たちが、辛酸を舐めようやく博多湾に入って故国の景色を目にすると、次々に船上から身投げする女性たちの写真と文章を読んだことがあります。それまではなんとしても日本に戻ろうとして生きてきたのですが、いざそのことが叶うようになると、自分たちがロシア人たちに妊娠させられていると気づき現実に戻るのです。死ねない女性は市内の病院に行き堕胎をします。わたしはその書物を読んだ時戦争は絶対にやるものではないと思いました。誰一人として幸福になるものいません。どうしたら自分たちが戦争にならないですむのでしようか。無抵抗主義では多くの犠牲者が出ます。ならば戦争をやらないための武器や原爆は持ってもどうなのか。よく言われるように抑制としての原爆で自らは決して先制しないというものです。わたしは無抵抗でいる家族が蹂躙されたり虐殺されるのを見たいとは思いません。しかし武器を持っていればいずれはそれを使いたいと思う人間が出てくることもわかります。仮に憲法で戦争をやらないと決めたとしても他国の感情は違います。国際関係上話せばわかるという論理も通用しません。たとえば現在問題になっている尖閣列島竹島のことはどうでしょう。日本人のわたしたちが思っていることは通用していません。竹島のことに関しても歴史認識を日本に訴える韓国は国際司法裁判にかけることも嫌っています。鼻から自国のものだと相手にもしません。正義はありませんしどちらも正義があるということになります。戦争では勝ったほうが正義ということにもなります。他国は話し合いにすら応じないのですから、現在七百二十名前後いる国会議員は国家をどうしようとしているのかと思うことがあります。平和憲法とはなにかという気もしてきます。その平和憲法を守るという人たちもいます。彼らの言う平和というのはなんでしょう。なぜ口当たりのいい平和憲法と言うのでしょう。彼らは今日本の領海で軋轢を生んでいる島々をどうするのかと真剣に論議してもらいたいと考えます。それに戦争が起きて一番被害を受けるのも弱者です。