53 なぜ「日王」と呼ぶ。

今日では多くの人々がそんな言葉がなかったことは知っていますし、そういう仕事に従事していた若い時分の小野田少尉も自ら文章で書いています。個人的には歴史観を変えるような謝った言葉や文字は改めるべきだと考えます。支那や朝鮮を中華民国大韓民国と国家の名前を変えてしまう国も世界にはたくさんあるのですから、人々を謝った歴史観に導く言葉はやめるべきだと思います。本来、軽々に語るようなことではなく史実をしっかりと調べることがお互いの国同士の友好を深めるためのものにするというのが、わたしたちの知恵だと考えますが、今日、そういうふうにはなっていません。戦争や植民地政策ですから確かに目を覆うようなこともやったのでしょう。しかし日本は文盲の多かった朝鮮に日本と同じように多数の学校を造って教育をし、社会インフラも驚くようにやっています。鉄道も引きましたし橋も造りました。だからといって許されないことは許されないのですが、原爆を投下された日本と今日でも事あるごとに日本を攻撃する国民性はどうしても比較してしまいます。正しい歴史認識をしろともよく言われますが歴史は見方が変われば変容・変質するということをわたしたちは知っています。わたしは韓国には二十数度訪ね大学で講演もやったことがあります。また中国に何回も訪れ、北京や上海を始めほとんどの省を歩きました。歴史には必ずもしもという言葉が浮かびますが、ほんのちょっとしたことで歴史は大きく動きます。今日ではアメリカや日本が朝鮮の独立を促したということは、日本でも韓国でもほとんどのことが知りません。日本が独立させてその後に植民地にしようとした思惑があったとしても、今更なにをしろと言うのでしょう。韓国は天皇のことを「日王」と呼びます。王というのは天皇より立場が低くなります。彼らの宗主国も使用したことのない言葉で殊更に陥れようとも見えます。つまりは朝鮮王と同じに見ろということになります。日本は元々独立国でヨーロッパの植民地にはなっていませんし、中世以降冊封国にもなっていません。冊封国とは中国王朝に対しての従属国のことです。少なくとも朝鮮は七世紀の唐が成立してから冊封関係を結んでいます。日本は島国で距離的なこともあるかもしれませんし江戸幕府鎖国ということもありそういう関係にはなっていません。むしろ秀吉などは明を攻め落とそうとしていたほどです。確かに国内において天皇という言葉は明治になって使われ出したものですが、朝鮮王・琉球王とは名乗っていません。それなのに天皇を日王というのはどうでしよう。それも自分たちは植民地になりひどい目に遭ったと言っているのにです。それまでの天皇は大王・大君・帝・帝王・内裏・禁裏あるいは天子と時代とともにさまざまに呼ばれていました。天皇(すめらみこと・すめろき)という言葉そのものは平安時代の天武朝からありましたが呼び名を統一したのは明治からです。それ以来世界の国々はそう呼んでいます。わたしが知る限り韓国以外には日王と呼ばれていません。これは国家に対する侮辱ということになるのではないでしようか。他国に対しての敬意はないということにもなり非礼ということにもなるはずです。朝鮮の宗主国であった中国でも言いません。