45 「我が闘争」。

f:id:satoyojiro:20210406122036j:plain日本が原子力発電に着手したことは産業の基盤であるエネルギーも、石油メジャーに左右されるということを暗示しています。それは価格操作でアメリカに支配され続けるということでもあります。食料の自給率は低く軍事力は持たせない、エネルギーも操作し真の独立を遠ざけるという論法です。そしてアメリカの文化を植えつけるがその代わりに日本の作るものの輸入を受け入れ豊かにしてくれました。飢えさせれば政治体制が代わるということです。お腹が膨れていれば政治にも物事にも関心が薄れるということです。それは報道関係にも言えます。アメリカの文化である野球やプロレスがなぜ読売系のテレビで最初にやるようになったのでしょう。また産経系や読売系の新聞やテレビが保守系と言われるのでしょう。それはアメリカが大きく関与しているからです。わたしはそれらの報道を批判しているのでも攻撃しているのでもありません。世界中を見回しても主義主張に寄り添って報道するのは当たり前のことです。「赤旗」や「公明新聞」はどうでしょう。タブロイド判の「夕刊フジ」や「日刊ゲンダイ」はどうでしょう。紙面はまったく違うはずです。なにも同一でなくていいのです。判断はわたしたちがするということです。第一、毎日朝刊・夕刊と二回出る新聞が本当に公器だと思えでしょうか。テレビは尚更です。都合のいいところだけ切り取って映像にしたりコメントしたりするのは恣意的になりがちです。新聞の記事を書くのも記者一人が書きます。その良し悪しはデスクやその上の立場の者が読むくらいのものです。たった二、三人の人が書いたり、目を通しただけのものが毎日配達されているのです。それを公器だと言えるでしょうか。正しいことを書く、間違いのないことを報道するというのはわたしたちの共同幻想だと考えます。また原爆を落とされたのにアメリカに感謝する人もいます。逆に戦後間近に不可侵条約を破棄し日本の国民を悲惨な目に遭わせたソビエトを支持する人々もいます。わたしはそれらの国々を批判しているのではなく、敗戦国の運命はそういうものだと思っているだけです。ロシアの南下政策が宿命だと思えば今後も考えさせられるものはありますが、わたし自身は原爆を落としたアメリカも、日本に落とすと決めていたチャーチルトルーマンも嫌いということではありません。そういうことを一つ一つ言えば戦前の人々に影響を与えたとされる石原莞爾ヒトラーと歳で彼が台頭してくる時にドイツに留学していて「我が闘争」を読んで多大な影響を受けています。そのヒトラームッソリーニを憧憬していて影響されていますし、戦争中に三度も総理大臣をやった近衛文麿の口髭はヒトラーの真似をしています。だからと言って当時のことを思えば彼らのことを簡単に攻撃していいということにはなりません。それはチャーチルルーズベルトトルーマンも責めることはできません。どんなことでも人間が裁くものですがそれはいつも勝者の論理です。