42 ド・ゴールとフランス。

そして戦争の終盤には連合軍はノルマンディー上陸作戦を行い、フランスの解放を目指しました。その時、チャーチル第一次大戦のおりに、多くの若者を死なせてしまったという悔恨があり、最後まで反対していたと言われています。その彼が自国を解放してもらうド・ゴールに、これから多くの若者が死ぬかもしれないが、きみの祖国を救うのに何人の兵士を出させるのだと訊きました。ド・ゴールが千人しか出せないと応じると、チャーチルはそれだけかと言い放ったそうです。やがてフランスは開放されましたがドイツに占領され、その上、連合軍の助けで解放されましたが、フランスの軍人や知識人たちはそれを屈辱として戦後国家造りをやり出しました。まず独立と自立を念頭に農業に力を入れ、世界でも有数の農業国になりました。今日、わたしたちがおいしいワインを飲めるのもそのためかもしれません。またエネルギー政策をやり原子力発電に力を入れました。石油利権はアメリカの石油メジャーに支配されて、政治力と資本力で石油を採掘し莫大な利益を得ていましたし、その売買もドル建てで行いますので価格は常に彼らによって左右されるということになります。それでは到底自国の保全も独立もありません。石油に代わるものとして原子力発電に舵を切り推進したのです。今日の視線から見ますとさまざまな問題が生じ、その最たるものがロシアのチェルノブイリ原発事故や日本の福島原発事故となるのですが、いざ事故になった時の恐怖よりも大戦で悲惨な目に遭った当時では、それよりもという気持ちがあったのかもしれません。その次に軍事力を高めるためにコンコルドを造りました。当時最速のジェット機でしたが航空機は軍事力になります。農業・原子力・戦闘機と開発を進めなによりも外国に侵略を受けない自分たちの国は自身の力で守るという国家を造り上げたのです。フランスが今日でも大国にものを言い、堂々としているのもそのことが誇りになっている気もしてきます。そのことはヨーロッパの多くの国々でユーロー圏を作ろうとしたのも遠因になっています。石油をヨーロー建てにする。当時の社会主義国アメリカの力に屈服しないヨーロッパ圏を造るということです。そういう視点から見ればあの湾岸戦争の意味も取れてきます。アメリカや石油資本が造ったフセイン政権は米英を始めドル圏の国々によって潰れてしまいましたが、石油が世界を左右する希少価値の物質ということになります。その争奪ということになり、フセインがユーロー建てを考えたから戦争になったという図が現れてきます。同時の米英日のドル建て圏と・独仏伊などヨーロッパ圏の関わりの濃度を見ればわかります。