38 日本の文化革命。

f:id:satoyojiro:20210323002008j:plain伊勢では神宮があるということで百以上が廃寺になっていますし、全国で被害にあった神社は数え切れないほどです。わたしは以前、興福寺貫主と対談をしたことがありますが、廃仏毀釈のおりに僧たちと檀家衆が命を張って仏像や仏具を守り隠したという話をうかがいました。聞いていて言葉を失ったほどですが、本当に廃仏毀釈は全国的に凄まじいものがあったようです。それらのことを書いた書物はいろいろとありますが、薩長仏教文化、強いて言えばそれまでの日本の文化を破壊し続けてしまったのです。阿修羅像をはじめ今日の興福寺文化遺産を檀家衆や僧侶が守らなければ、国家遺産とされている仏像や絵巻をわたしたちは見ることができなかったのです。そして神仏習合だった寺院と神社は、官幣社国幣社と分けられ国や都道府県から幣帛や幣物を受け手厚く保護されました。そうした近代社格制度を新たに作り天皇国家を構築しようとしたのです。反対に寺院は粗末に扱われ生活にも困窮する有様でした。現在、戒名代にお金を渡すのも高い墓石代も払うようになったのも、寺院が生きていくための方法でした。あるいは初七日・四十九日・一年忌・三回忌・十三回忌・百回忌などとインド・中国・日本のさまざまな忌日や法要を採り入れ、節目節目にわたしたちが供養しお寺になにがしかのお金を受け取ってもらうようになったのも、彼らの生活が立ち行かなかったからのものです。お寺にきてもらえばいくらかの供養代を払いますし、お盆に家で念仏を唱えてもらい何がしかの香典を受け取ってもらうのもそのためです。国家の政策によってなにもかも変わりましたが、極め付きは維新の廃仏毀釈ではないでしようか。今日、あまりにも戒名や葬儀代、墓地の値段が高く、わたしたちの檀家離れが激しく進んでいますがそれも廃仏毀釈に元があるとも言えます。