35「世も末」。

釈迦が生まれた年は諸説がありますが日本では平安時代末期から鎌倉時代にかけて末法思想が広がりました。それと同時に浄土宗・浄土真宗時宗などの浄土教あるいは日蓮宗など新しい宗教が興りました。浄土宗は法然真宗親鸞時宗は一遍・法華経日蓮という具合にです。浄土教系は「南無阿弥陀仏」と称え日蓮宗は「南無妙法蓮華経」と称えます。実はキリスト教の「アーメン」と称えるのも同じことでイエス・キリストがおっしゃっることに恭順するということです。そして浄土教系が信仰する阿弥陀様の梵名はアミターバ「はかりしれない光を持つ者」光の光源と考えられています。南無は古代凡語の阿吽からきていますしアーメンも同じことです。阿は口を大きく開けた時の表音、吽は口を閉じた時の表音、そこから全万物あるいは宇宙の始まりと終わりを表す表音とされていました。因みに「あいうえお表」も英語も「あ」から「ん」「a」から「z」と書かれているのも始まりから終わりという意味で作られています。仏教ではそこから阿吽の意味が転じてすべてのことに恭順するという意味になりました。それは南無阿弥陀仏なら阿弥陀様の言うことに日蓮宗なら釈迦が表した法華経の教えにもう一度戻って信仰をということです。それだけ日蓮は世の中が乱れていることを憂い釈迦の教えに戻れと説いたのです。世の中が戦で乱れ飢餓で人は死に人身は乱れていたからです。いわゆる末法思想が現れたのです。釈迦が入滅して500年までを「正法(しょうほう)」500年から1000年(1000年から2000年という説も)「像法(ぞうほう)」その後を「末法」の時代と思われていました。日本のその時代がちょうど末法の世界に入っていくと思われていました。正法は釈迦の教えが正確に伝わるということで「浄法」「妙法」ともいいます。法華経のお題目の「妙法」もここから取られています。「像法」は釈迦の言ったことがまだ似て伝わるということです。そして「末法」は全く伝わらない時代になるということです。平安末期がその末法の時代だから「世も末」という言葉が生まれたのです。f:id:satoyojiro:20210313233353j:plain