34 「下戸(げこ)」。

f:id:satoyojiro:20210312001617j:plainたとえば今日お酒を飲めない人のことを「下戸」と言います。また「世も末」だという言葉もあります。いずれも当時の言葉が今日でも生き続けている言葉です。上代に目を向ける時にわたしはこの言葉に関心が生まれてきます。当時の政治制度と人々の不安を表した言葉ではないかと勝手に思い込んでいるからです。一つにはお酒が好きだからということもありますしもう一つには仏教に多少は関心があるからかもしれません。といいっても浅学の身ですから上辺だけのことですが、律令政治時代の「戸」は課税単位のことを指し「大戸(おおど)」「上戸'(じょうご)」「中戸(ちゅうこ)」そして「下戸」という課税対象者の立場を示すものですが、なにかの労働や荷役を行う時に庶民は無給で働かされました。その中で「大戸」は二十一歳から六十歳以下の健康な成人男性を八人以上、「上戸」は六人から八人、「中戸」は四人から五人、三人以下しか人を出さない家を「下戸」とされていました。また富める者を「上古」貧しい人を「下戸」とも呼ばれました。そうやって建物を造った祝いの席や婚礼があったおりには「大戸」や「上古」の人たちはたくさんお酒が飲め「下戸」には少量のお酒しか提供されなかったので、そこから転じて「下戸」はお酒が飲めないという人たちの言葉になったのです。お酒を飲むと怒りっぽくなる人を「怒り上戸」泣き出す人を「泣き上戸」と言ったりするのはたくさん飲み感情を抑えきれない人のことを言います。「下戸の肴荒らし」という言葉も昔はありましたがお酒を飲めない人はその代わりに料理を食い荒らすという意味です。そして平安末期は天皇と武士たちの土地争いが激化した時代でもありました。平氏や源氏が台頭してきて大変に混乱の時代となりました。ちょうど日本ではそのことと釈迦の入滅のことが重ねなれて言われ出しました。それが「世も末」という言葉です。