31「幕府直轄地」と「天領」。

「神国」も「神州」も今は使うことがなくなりましたし、そんなことを言うと思想的なことを問われる社会にもなりました。十数年前の総理大臣が日本を神の国としゃべって物議を醸し出しましたがすっかりJHQの政策が利いている気もしてきます。天皇人間宣言をしましたし戦後日本は民主主義の国となったわけですからそのことに従って政策を行うということでしょう。個人的にはわたしは民主主義という言葉を信用していません。北欧の王国、ヨーロッパの共和国、あるいはモナコのような公国、ロシアのような連邦国、アメリカやメキシコのような合衆国、そして社会主義国でも民主主義国家だと唱えます。スリランカは民主社会主義共和国、ラオスは人民民主共和国、コンゴ民主共和国北朝鮮北朝鮮民主主義人民共和国、ネパール連邦民主共和国と名乗り世界では多くの国家が民主主義という国名をつけています。しかし実際にそういうふうに運営されているでしょうか。甚だ疑問です。また共和国というのは君主を置かない国家のことで、大部分が大統領制の国でいろんな民族が集まって仲良くしょうということです。選挙で選ばれた大統領や首相が実際の政治を行い元首は政治に関与しないというシステムです。日本やイギリスがその範疇に入るかもしれません。あるいは中華民国大韓民国など「民国」という国名が入ったものもあります。その民国というのも共和国と同義語のものです。また人民という言葉は国民という意味合いに近いものとして使われています。これも多くの部族の人々が仲良くしていい国にしようという願いがあります。時代とともに言葉も変化し使用されるようになったり死語となっていく言葉は数え切れないほどあります。言葉は文化ですし時代やわたしたちのものの見方や意識が変われば当然のことです。厭なことを思い出したり人々の願いを払拭したいために言葉を代えていきます。たとえば江戸時代から明治時代に代わる時「幕府直轄地」という言葉がありました。幕府がもっとも重要だと思っていた土地のことでいい港や交通の利便性いいところを直接支配していた土地です。徳川幕府領・幕府領などとも呼ばれていました。佐渡金山・石見銀山などいろいろとありました。それが明治になるとみな「天領」や「御領」などと呼ばれるようになりました。徳川直轄地が天皇のものとなったのです。ほんの少し名前を代えるだけでわたしたちの意識は驚くほど代わ多くの人々が天皇のものだったと考えるようになります。言葉を奪われるということはそういうことだと考えます。戦勝国が自国語を教えたり禁止するのはそのためであり、敗戦国の日本も例外ということはないと考えます。もっとも土地というものは勝った者のものです。国・國という文字があります。口は本来土地を表します。土地の中に王がいる。それが国、中に貴い玉という字を置くのも国という意味ですし旧字の國という文字は戈で国民の口を支える、つまり生活を支える意味だと以前中国の知識者から聞いたことがあります。それが本当のことかどうかはわたしには判然としませんが、彼らがそういう意識を持っているのだということはわかりました。また困るという文字もあります。口の中に木の文字を入れると困る、つまりいろいろと問題が生じるということになり紫禁城の場内には木がないのだと言っておられました。その城造りの影響を受けている沖縄の首里城も場内に木がないのだということでした。あるいは「源平合戦」という言葉があります。そう書くだけで合戦の意味合いがまったく違った認識に変わってきます。実はあの戦いは源氏と平氏が分かれて戦ったものではありません。確かに源頼朝は源氏出身ですがその取り巻きの多くは平氏です。桓武平氏葛原親王高望王高棟王坂東平氏派といろいろと存在します。鎌倉幕府時代の頼朝を担いだ千葉・土肥・三浦・北条氏はみな平氏で坂東八氏とも呼ばれていました。源氏にも新田・足利氏などといましたが関東における勢力は遠く及ばないものでした。