30 消された言葉。

 たとえば特攻で無惨に死にゆく若者を玉砕と言いましたが、その言葉はきれいな玉のように砕け散るという意味です。やっていることはまったくの無謀なことで決して美しいものではありません。やがてその言葉は広がりを見せ一億総玉砕などということにもなりましたが、一つの言葉によってわたしたちの心は高揚しますし本当に美しいことだと錯覚していきます。彼らの御霊(みたま)を「英霊」とも言いましたがその意味は「英華秀霊」という言葉からきていて才能がある人、英才が集まるという意味です。言葉によってわたしたちはいい方向にも悪い方向にも導かれていきますが、使う言葉は改めて疑問を持たなければという気持ちにもなってきます。しかしその言葉に置き換えてわたしたちはその行為をなにか精神性があるもののように感じ多くの若者を死に追いやりました。またわたしが一番嫌いな言葉に「植民地」という言葉があります。この文字は今も世間に流通していますが聞く度に厭な思いになります。民つまり人間を土地に植えつけるということですが、その理由は元々いた人々を権力や暴力で追い出し、そこに自分たたちの意のままになる人々を移動させ住み着かせるということです。それはどういうことかと言いますとそこがいい土地だったり、軍事上にも必要な土地だったりしますとわたしたちは欲しくなってきます。そこで敵対する人間とそうではない人間を入れ替えますと政治はやりやすくなります。そういう政策は古今東西にあり日本もあります。たとえば東北に金があるということを知ったら、当時の大和族は執拗に攻めていきやがてはかつての住民を追い出し関東にいた人々を流入させました。それでその土地を支配しやすいようにするのです。日本が満州に多くの開拓団を入れたのもそうでしたし今日でも多くの国々が同じ政策をとっています。それで民族の言葉を奪い宗教を代えさせ文化を奪い人々の意識を代えさせて自国させていくのです。民族の同化ということです。それは古代においても同じことで出雲族と大和族の混血を進めていくのです。藤原氏や平家でも同じことです。自分の血が後々の天皇家につながり権力を行使できるということになってきます。そして戦時中に頻繁に使われていた言葉は逆に戦勝国によって使うことを禁止された言葉もあります。王道楽土・八紘一宇などという言葉はそうですし英霊や神州という言葉も今は死語です。王道楽土は徳のある人間が公明正大で公平な政治をやるということですしその先にアジアの解放を行うという意味での言葉です。こういう思想が多少でもあったからかもしれませんが日本は朝鮮にも満州にも大学を造りました。よその国で植民地に大学を創った国はあるのでしょうか。同化主義の一環と考えるのは当然かもしれませんがそれでも五族共和という気持ちはどこかにあったのではないでしょうか。それに「神州」という言葉は日本が神の国という意味ですが神州不滅と言っていたくらいですから他国に対して傲慢だという態度も見え隠れします。しかし当時は本気で思わせていたはずです。神様はわたしたちが創ったものでいすし当時の神は天皇です。その周りにいた軍人が神の言葉を発していたということにもなってきます。大本営発表も神の声ということになります。因みに「玉音放送」の「玉音」は最も貴い人の声ということになります。美しい玉は身につけていれば魔除けにもなりますし幸福にもなります。そこから貴いものとされていました。つまり天皇という言葉になります。逆に王道楽土・八紘一宇などそれらの言葉をGHQが禁止したものもあります。その言葉が禁止にならなければあの戦争の見方も少しはかわったものに見えてきますし、西欧の植民地が多かったアジアの解放も日本人は意識していたのかという感情も生まれてきます。それは日本が彼らに取って代わるための言葉だと言ってしまえばそれだけのことですが、その言葉が存在するだけでわたしたちは意識を持って生きますし生活をします。なぜなら人間にとって言葉が人生の道しるべだからです。言GHQが言葉を禁止したのもそれらの意識などなかった、あるいは日本が少しでもそんなことを考えていたと思われるだけでも厭だったのです。中国や朝鮮が国名を代えたのと逆のことを日本人はされたのです。