26 簡略化される文字。

もちろん現在の日本語も大変に簡略化が進んでいるのですが、漢字の母国である中国よりもまだ意味合いがとれると考えています。今日ではパソコンから出てこない漢字も多くありますが、一番旧漢字を使っているのは日本よりも台湾でしようが、確かに書けない文字がたくさんありますが、漢字の成り立ちは日本語よりもよく見えてきます。そしてその言葉によってわたしたちは歴史を遡っていくのですが、音写がほとんどで解読に苦労することもあります。そういった理由では本居宣長は『古事記』を読み解くようにしてくれ、わたしたちの歴史やその頃に生きていた人々の心まで読み取ることができるようになりました。また制度や身分、歴史をもっと遠くまで見渡すことができるようになった喜びと誇りを持つことができるようになりました。それでもわたしたち日本人は未だに中国の古い書物によって遡らなくてはいけないところがあります。『魏志倭人伝』もそうですし『宋書』『後漢書』『山海書』などにほんの少し書かれたことを照らし合わせたり読み解いて日本や日本人のことを探っていきます。なぜ未だにに「邪馬台国」を「やまたいこく」と呼ぶのか、なぜ「やまと」と呼ばないのか、たったそれだけで「邪馬台国」がどこにあるかわからないということになってきます。また「卑弥呼」という文字は差別語で倭人を蔑視しているのではないか。本当は日巫女や日見子ではないのかといろいろと想像できます。一般に「姫」は女性を表します。逆に「彦」は男性を表しますがなぜ「比古」にもなっています。それらの文字の意味を知っていれば島に行ったり山に登ってもそこに男神か女神かが祀られているかわかってきます。英語やフランス語では言葉の向こうの奥行を感じることは漢字よりも少ない気がします。もっともそれらの文字もラテン語ギリシア語からきていることを思えば、彼らは彼らで文字の成り立ちを感じているのかもしれません。漢字を母国とするわたしが理解できないのかもしれません。やはり漢字のほうに歴史が詰まっている気がしますし物事の輪郭が見えるようにも思えます。たとえば『日本書紀』では神様の名前に「命」という文字が多く充てられていますが『古事記』では「尊」の文字がなぜ多いのかと疑問も湧いてきます。