129 「貴種」や「権威」「格式」に弱い民族。

それに親と衝突することはどこの家庭にもあります。意見が合わなければ親は勘当します。この問題も本当に反対をするならば本気になって、あの母親の年金不正受給を告訴すればいいだけのことです。庶民になりたいというのですから皇室だけは例外で先々まで税…

128 「脱亜入欧」よりも日本の「歴史」。

今回のことでは宮内庁の失態は明らかで、なにをやっていたのかと疑念を持たれてもしかたはありません。またなにもかも「庶民的」になるということも「象徴」としてどうかという気持ちも湧きます。それならば共和国にすればよかったという思いも生まれてきま…

127 人に判断させるのが「民主主義」。

そのことといずれ天皇家になる家族の結婚は意識の乖離が大きくあるように見えます。わたしたちがものも言わず、固唾を呑んで見ているのもそういうことがあるからでしょう。わたしもその一人ですがそれには理由があります。八月は「ポツダム宣言」を受託しま…

今日は長崎に原爆投下された日。なぜ浦上天主堂は解体されて「平和祈念像」が造られたのか。わたしはあの像には手を合わせない。浦上天主堂が残されていれば間違いなく世界遺産になって人々の心に原爆の悲惨さが永遠に刻まれただろうに。その思いがすり替え…

126 少数の支配する者と多くの支配される者。

そのマッカーサーが唯一できなかったことは官僚の解体だと言われています。門閥・閨閥・財閥解体・農地改革など多くのことをやり「民主主義国家」にしてくれましたが、官僚システムが残ったことで東大閥が生まれ、逆にピラミッド型の「学校歴」尊重の学閥が…

125 革命は身分制度の闘い。

天智天皇や藤原鎌足が蘇我入鹿や馬子を打ち破りそれまでの書物を焚書したり、天武天皇が壬申の乱に勝ち、自分の皇統の正当性や権力維持のために『日本書紀』が書かれたとすれば、それまでの歴史は闇に消えそこから新しい歴史が生まれたということになります…

125 「聖権的指導者」と「世俗的皇帝」>

天智天皇や藤原鎌足が蘇我入鹿や馬子を打ち破りそれまでの書物を焚書したり、天武天皇が壬申の乱に勝ち、自分の皇統の正当性や権力維持のために『日本書紀』が書かれたとすれば、それまでの歴史は闇に消えそこから新しい歴史が生まれたということになります…

124 「焚書坑儒」は今も昔も。

こういうふうに書けば昔なら不敬罪になるかもしれませんが、ながい年月をかけて構築した歴史や文化を手放そうとは国民はしていないはずです。宮内庁や政府の責任は今後の日本のことを思うと重大でもっとしっかりしなければという気持ちは、わたしたち国民に…

123 「権威」は国民が作る。

もちろん異論や反対を唱える人が多くいることは承知していますが、そんな一族がいてもいいのではないかとも考えます。ただし「民主主義」国家である現在の日本において、莫大な税金を投与されて「権威」は維持されているのですから、日本国の「象徴」として…

122 「エンペラー」と「キング」。

だからわたしは冷却期間があったほうがいいと考えます。夫婦でも関係が思わしくない時には別居をして、自分たちを冷静に見つめ直そうとするのですから国同士にもあってもいいと考えます。国家間の条約すら破棄してしまう国で、なおかつ捏造された歴史が横行…

121 ハングル語は福沢諭吉が普及させた。

朝鮮と日本は上代から中世において多くの交易をやり、日本も多くの利益を得ていたことは知っています。朝鮮通信使がさつまいもを持ち帰り、自国民の飢餓や窮乏を救ったことも知っています。逆に日本が朝鮮人参を有り難がっていたことも事実ですか、朝鮮通信…

120 「隣国に関して偽証してはならない」。

日本はすでに古代から中国に渡り仏教のことを勉強していますし、平安時代以降は朝鮮に勉強に行ったという話は聞きません。いつの時代も経済が発展し文化水準の高い国に新しい知識を吸収に行きます。最澄や空海はどこに行ったでしょうか。遣隋使や遣唐使とい…

119  陛下・殿下・閣下の違い。

本来、天皇は天子・皇帝の敬称で古代中国では最高神のことです。秦の始皇帝は中国全土にいた王を抑えて統一し始めて皇帝になったから「始皇帝」と言います。だから王は皇帝や天子よりも下の地位ということになります。韓国はそのことを知っていて日本が自分…

118  韓国はなぜ「日王」と呼ぶのか。

その松下村塾は下級武士・農民・町民など身分に隔たりなく教わった人々は五十人、出入りした人は八十人とも九十人とも言われています。それらの人々が維新後の要職につき日本を変えていくのですが、教育を受け知識をつけた人間はいざという時に決断や判断を…

「学校歴」はあっても無能は無能。

オリンピックをやる、あるいはやらされるとわかっていたらなぜなりふりかまわずもっとワクチンの手当てをやらなかったんだろ。逆に患者は増えるばかり。この一年半何をやっていたんだろ。ようするに安易に考えて判断力がなかったということか。それを人を無…

117 人は過去に拘る。

文字が残っていないからといってそこに新しい歴史を作っていいということにはなりません。それは全国の神社を歩いていますと文字を持たなかった神社の稗史に、維新後新しい文字を加えていき「歴史」にしようとした日本も似たようなものですが、今日の時代に…

116「血」より「家」が大切。

今でも何百年も続いている家系だと自慢する人がいますが、近年までの家制度のことを思い起こせば「血」が延々と受け継がれているということはないはずです。どんな家でも子どもに恵まれず「血」は途絶えます。それに五百年前に一人の人物がいて、その子孫が…

115 家系図作りに励んだ大名たち。

その清国はヨーロッパの草刈り場になり、日本の侵略を許しロシアの南下政策さえ止められないほど弱体化していました。そうなれば中国も朝鮮も日本も危うい状態になり、それこそ植民地は加速したでしよう。当時、頻繁に使われていた「五族共和」や「八紘一宇…

114 「稗史」を「正史」に変える国々。

それはしっかりと歴史を教えることだと考えます。お互いに本当の歴史を隠し神話や伝説の稗史を正史にしてしまう傾向があります。いたかいなかったもわからない人物を作り上げ、あたかもその人物が活躍したような事柄を書き残します。そしてそこから歴史が始…

利権漁りから見る政治。

なんだか日本が利用されているだけのオリンピックのような気がする。不甲斐なく見える。なんのためのオリンピック?説明もないし。人出しの会社と関係者だけ儲けているし。こちらのほうが利権漁りの政策かもしれない。

相撲は国技?

相撲が国技や神事の側面があると喧伝されているが、わたしはそうは思わないがもしそうだとすれば横綱の相撲は汚さ過ぎ。礼節というものがない。昔は東京場所には毎場所のように通っていたが、近年はまったく行かなくなった。相撲協会は潤沢な資金があり傲慢…

113 二重の朝貢国。

少し公平に歴史を探っていけば彼らが日本に問う歴史認識はまったく違うとわかるのに、今日でも自らが歴史と思い込んでいる事柄を疑おうとはしないのです。都合のいいところだけを自分たちの歴史にしているように見えます。韓国の知識者の一人で韓国哲学学会…

112 歴史認識と美容整形はよく似ている。

実際の歴史は逆なのですが、嘘も百編つけば真実になるというたとえがまかり通っている気もしてきます。彼らは自分たちの国史である『三国史記』を目にすることもありませんし、粉飾が多いとされる『三国遺事』もひょっとしたら日本人よりも読んでいないかも…

111 利権漁りが国家を亡ぼす。

日本が言ったり、やったりすることはとにかく癪に障るという感じですから手の打ちようがない気もしますし、同盟国ではないという気持ちも芽生えることがあります。一度なにもかも打っちゃってみたらどうかという日本人は多いのではないでしようか。安部政権…

110 諦めの早い国民。 

それに属国に陥った国や戦争は古今東西悲惨さを味わないということはありません。日本も全国的に空襲を受けましたし原爆も投下されました。ロシアにもひどい目に遭いました。しかし日本はすぐになにもかも忘れてしまいます。恨みとか怨念というものが乏しい…

菅さんは矛盾という言葉を知らない?

子どもたちは運動会も遠足も中止。しかしオリンピックはやる。こんなに盛り上がらないオリンピックってあったのだろうか。歴史に残るか。無観客開催というのはあったのだろうか。これも歴史に残る?歴史に残ることばかりで、逆に後世まで語り継がれて、大成…

109 千年経っても消えない恨み。

勝は無血開城、江戸の町民を救ったということになっていますが、それまでに薩摩側は江戸の町を扇動して不安を抱かせています。その行動も西郷の智慧ということになっていますが、詳細に調べていきますと勝海舟と西郷隆盛はすでに面識があり、心は通じていた…

108 大将のいない戦争。

逆に小栗は日本の工業化を進めるにあたって反対する幕臣たちに対して、自分が「幕臣である以上、幕府のために尽くす身分で、それがまた幕府のためになる。徳川の仕事のおかげだと後で言われれば、徳川の名誉であり、国のため」だと言っています。なによりも…

107 英雄譚の裏側にある歴史の影。

勝が小栗に対してどういう感情を抱き続けていたかということは知りたいものです。小栗の惨殺になんらかの関与はなかったかという想像も働きます。というのも勝だけが大きく世の中を変えたような歴史に疑いの目がいくからです。それは坂本龍馬に対しても同じ…

106 組織は内側から瓦解する。

しかし歴史は太平洋を行き来した勝海舟のことばかり取り上げられていますが、その彼は艦長でありながら航海術の知識は乏しく船酔いばかりしていて艦長室から出てこられず、アメリカのブルック大尉や乗組員の手助けを受けて後悔をし続けたと彼や福沢諭吉の日…